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東京高等裁判所 平成12年(ネ)1438号 判決

控訴人(原告) X

右訴訟代理人弁護士 飯田修

被控訴人(被告) 日商岩井フューチャーズ株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 清宮國義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し六六六万円を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一項同旨

第二事案の概要

本件は、控訴人が被控訴人との間で締結した商品先物取引委託契約に基づく取引において、被控訴人が控訴人の新規建玉の注文の執行をせず、控訴人の建玉を無断で処分したとして、債務不履行又は不法行為を理由に損害賠償を請求する事案である。

一  控訴人の主張

1  取引経緯等

控訴人は被控訴人との間で商品先物取引委託契約を締結し、母であるB(以下「B」という。)を代理人として電子取引(ホームトレードシステムによる取引)の方法による取引を行っていた。Bは先物取引について十分な知識と経験を有している税理士である。本件取引はパソコンで値動きを見ながら直接パソコン上で注文を指示するもので、Bは平素自宅のパソコンで相場管理をしていた。

委託追証拠金(以下「追証」という。)の具体的支払義務は立会終了後の終値によって生ずるが(受託契約準則(以下「準則」という。)一〇条三項)、右取引において、控訴人は追証がかかる可能性が高いときは立会終了前に一部の手仕舞いをしたり新規注文をすることにより追証が発生しないようにする相場管理(いわゆる建ち抜け)を行っていた。しかし、被控訴人の電子取引のソフトは立会中の値動きや一部の手仕舞いによって追証状態が発生すると手仕舞いはできるが新規建玉の注文は受け付けないシステムとなっており、これは準則に反する欠陥であるため、そのような場合には控訴人が電話で注文を依頼し被控訴人がこれを入力するという処理が行われていた。

2  注文の不執行

平成一一年四月二三日(金曜日)、Bは当日の値動きを確認して必要なときは新たな注文を入れることとしていた。Bは同日午後三時ころ被控訴人に電話をした際、被控訴人の担当者C(以下「C」という。)からの情報で本証拠金(以下「本証」という。)の五〇パーセントを超える値洗い損が発生していることを知り、パラジウムを新規に建てて追証を解消したい等と告げたところ、Cはこれを了解し、同月二六日(月曜日)に入金するよう告げた。Bは帰宅後に終値を確認し、パラジウム四枚を新規に建て米国産大豆を手仕舞いすれば追証を解消できると考え、同日夕刻、被控訴人に対しパラジウム四枚の新規建玉の注文をした。

同月二六日、BはCに連絡後四五万円を入金し、午前九時三〇分ころファックスと電話で右入金を伝えたところ、被控訴人は右注文に応じたが、被控訴人はその後右注文を執行しなかった。Bは自宅のパソコンで同日の値動きを見ながら追証の範囲を検討し、別の大豆二枚を手仕舞いしたが、本件注文が執行されなかったため自ら手仕舞いを続けて整理せざるを得ない状態となり、午前中にパラジウム二枚を手仕舞いした。Bは同日午前一一時過ぎの電話の際、被控訴人から右注文が入力できなかった旨告げられ、やむなく同月三〇日まで手仕舞いによる相場管理を続け、その間の同月二七日に三七万円を入金し、また同年五月六日にも一部建玉を手仕舞いするなどした。

追証は商品取引員の請求により支払義務が発生する(準則一〇条三項)が、被控訴人が同年四月二三日に不足金の入金を催促したことはなく、控訴人に右支払義務は発生していなかった。被控訴人は同日終了時に追証状態であることを承知しながら同月二六日午前中に建ち抜けをするためにパラジウムの注文を受けており、被控訴人の主張は自らの処理に矛盾する。また準則によれば追証は同月二六日正午までに支払えば足り、当日午前中の取引は制限されていない。

同月二六日午前中の建玉の悪化により注文を拒否した旨の被控訴人の主張も、具体的にどの程度悪化すれば拒否するのかの基準が示されておらず、成り立たない。先物取引に習熟した者であれば、値洗い損の大きい玉を手仕舞いしてその玉数に見合う新規建玉をすることにより建ち抜けは可能であり、控訴人も右注文による建玉がされていれば、同月二三日終値あるいは同月二六日午前終値の状態でも建ち抜けができた(甲一三、B証言)。同月二六日午前中はBのパソコン使用により電話回線がふさがっており、被控訴人が午前中に電話で入力できない旨を控訴人に伝えたことはない(被控訴人は控訴人との電話のやりとりを全部録音している(乙一八)の右二六日の電話に関する証拠は提出していない。)。

3  建玉の無断処分

同年五月七日、控訴人は値動きを見ながら午前中に追証状態を解消しようとパラジウム七枚を指し成り(指値注文が入らない場合は終値で決済する注文)で手仕舞いした。しかし、被控訴人が電話で一方的に残りのパラジウムを手仕舞いする旨通告し、午前一〇時四七分から五一分にかけてパラジウムの建玉五枚を突然手仕舞いしたため、控訴人は同日午前中に追証状態を解消する機会を失った。被控訴人の担当者D(以下「D」という。)と控訴人との電話(乙一八)は右残りのパラジウムの手仕舞いにつき控訴人が了解していなかったことを示すものである。被控訴人はパラジウムの仕手の大手であり、同日午後パラジウムがストップ高になっていることからすると、被控訴人は意図的にパラジウムのみを手仕舞いしたとみるべきである(甲一二、B証言)。

4  損害

被控訴人による前記注文の不執行及び建玉の無断処分は控訴人に対する債務不履行又は不法行為である。

控訴人が四五万円を入金した同年四月二六日時点の有効預り金は六七九万三九〇二円であったが、同年五月七日終了時の有効預り金は五五万九二九五円となり、控訴人はその差額分六二三万四六〇七円の損害を被った。

よって、右損害の賠償を求める。

二  被控訴人の主張

1  取引経緯等

控訴人の主張1のうち、控訴人がBを取引代理人として被控訴人との間で取引を行っていたこと、建ち抜けを行ったことがあることは認める。

控訴人は右取引につき特定の電子取引に関する契約約款の取扱規定及び運用規程(乙七)に従うことを承諾した(乙四)。被控訴人は、運用規程12、取扱規定8条4(4)に基づき、顧客の口座に証拠金の不足が生じた場合、原則として顧客の注文の執行は行わず、例外的に、顧客が手仕舞いをしたり本証を別途入金しその金員で新規建玉をすることによって値洗い損が本証の五〇パーセントを超えないことになって追証を解消できるときは、被控訴人の判断で新規建玉を認め、注文の執行をしていた。

2  注文の不執行について

控訴人の主張2のうち、平成一一年四月二六日午前中に控訴人から四五万円の入金がありパラジウム四枚の新規建玉の注文の依頼を受けたこと、右注文の代理入力ができずその旨を電話連絡したことは認める。

同月二三日の取引終了時点において、控訴人の口座には三三一万七九〇〇円の値洗い損が生じ、本証の五〇パーセントを超え、追証二八五万円が発生し、不足金が二八二万六〇九八円となったので、控訴人は準則一〇条三項、運用規程15により翌営業日である同月二六日正午までに不足金を入金する必要があり、被控訴人担当者は同月二三日夕刻、Bに対し右不足金の通知と入金の依頼をした。

被控訴人の担当者は、同月二六日午前中本件注文の依頼を受け、建ち抜けができるようであれば注文の入力ができると考え代理入力を試みたが入力できず、控訴人の口座の状況を調べたところ同月二三日終了時点に比べて値洗いが更に悪化しており(乙一七)、四五万円を全額建玉しても建ち抜けができないことが判明し、その旨を電話でBに連絡した。また控訴人がパラジウム四枚の建玉と併せて大豆三枚を仕切っていても、同日午前一〇時二七分現在で追証は解消できず不足金が生じていたことになる(乙一五)。

前記1の例外的扱いは被控訴人の判断による(控訴人の意向のみで決せられるものではない。)のであって、値洗い損が拡大している状況下で被控訴人が新規建玉を拒絶したことは違法でない。

3  建玉の無断処分について

控訴人の主張3につき、被控訴人が同年五月七日にパラジウム五枚を手仕舞いしたことは認める。右手仕舞いは控訴人の了解に基づくものである(乙一八)。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  争いのない事実並びに後記証拠及び弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。

1  Bは控訴人の母であり、先物取引について十分な知識と約三〇年の経験を有する税理士であるが、平成一〇年一〇月九日、X(控訴人)であると称して被控訴人本社を訪れ、商品先物取引委託契約を締結してホームトレードシステムによる取引をしたい旨申し入れた。被控訴人担当者はBに対し商品先物取引委託のガイド(乙五の1)、同ガイド別冊(乙五の2)、約諾書及び受託契約準則(乙六)、特定の電子取引に関する契約約款(乙七)を交付して内容を説明し、また右取引に当たって控訴人が提出する必要がある申込書等の用紙を交付した。

控訴人は同月一二日に約諾書(乙二)、商品先物取引口座設定申込書(乙一)、ホームトレード利用申込書(乙三)、右契約約款に従って取引を行う旨の承諾書(乙四)を被控訴人に提出したが、約諾書には代理人としてBの住所氏名が記載されていた。このため被控訴人がBに事情を確認したところ、取引主体は控訴人であるが実際の取引はBが指示して行うとの趣旨であることが判明した。被控訴人はこのような形態により控訴人との間で商品先物取引委託契約をすることを承諾し、控訴人は同月二二日に被控訴人に設定された控訴人の口座に一〇〇万円を入金し、同月二八日に小豆の新規建玉をし、その後多数回にわたる取引が反復継続された。右取引のうち、本件で問題となる平成一一年四月二三日から同年五月七日までの間の取引状況及び計算関係は別紙該当日欄に記載のとおりである。(文中記載のほか甲一三、乙一二、一三、B及びDの各証言)

2  先物取引は将来の一定の時期に物を受け渡しすることを約束してその価格を現時点で決めて買付又は売付を行う取引であり、約束の期日以前でもその時点の価格で最初の取引とは反対の売買(転売又は買戻し)を行うことによって売りと買いを相殺し、その差額を受け払い(差金決済)して取引を終了することができる。

委託者(本件では控訴人)が先物取引を行うに当たっては、受託商品取引員(本件では被控訴人)に対し、物の受渡しが確実に行われる担保として、またそれまでの相場の変動によって生ずる計算上の損失(後記の値洗い損)に対する担保として、総取引金額の一定割合の委託証拠金(以下「証拠金」という。)を担保として預託する必要がある。証拠金のうち、本証は新規の買付又は売付の注文をするときに預託しなければならない証拠金である。追証は委託者の建玉について当初の買契約又は売契約が成立したときの約定値段とその後の日の最終約定値段(帳入値段)の価格差により生じた値洗い損が本証の五〇パーセント相当額を超えた場合に、その建玉(商品取引所において成立した売買契約のうち未決済のもので、売契約のものを売建玉、買契約のものを買建玉という。)を手仕舞い(反対売買、すなわち買建玉の転売、売建玉の買戻しにより取引を終了させること。仕切りともいう。)せずに取引を続けるときに預託済みの証拠金の担保力を補強するために追加して預託すべき証拠金である。追証がかかった場合、急を要するためその請求は通常は電話で行われ、委託者は建玉を維持するのであれば翌営業日の正午までに本証の五〇パーセント相当額を預託しなければならない(以上に関し、準則一〇条三項参照)が、建玉を手仕舞いして決済するのであれば追証を預託する必要はない。委託臨時増証拠金は相場の変動の激しいとき等に臨時に増額徴収される証拠金であり、委託者は商品取引員から指示があればこれを預託しなければならない。なお、いわゆる建ち抜けとは、追証が生ずる状態となった場合に建玉を手仕舞いして値洗い損を減少させる一方、新規の建玉をすることにより本証の五〇パーセント相当額を増やし本証を積み増しすることによって右状態を解消するといった投資手法である。

建玉を決済したことにより損失金が生じたときは、委託者がこれを支払うまでは預託済みの証拠金のうち損失金相当額が留保され証拠金の必要額に充てることができなくなり、その結果証拠金の不足額が生ずるが、この場合には委託者は商品取引員の指定する日時までにその不足額を預託するか建玉を縮小するかを明確に指示しなければならない。委託者が請求された追証や証拠金不足額を預託しないときは、商品取引員は事前に通知をした上で建玉の処分(いわゆる強制手仕舞い)をすることができる(どの建玉を処分するかにつき委託者からの具体的指示がないときは一定の順序に従って処分することになる。)。

また、控訴人と被控訴人との間で行われていた電子取引は、電話回線を用いて委託者がパソコンで注文の入力等を行うものであるが、右取引に適用される特定の電子取引に関する契約約款中の取扱規定8条4(4)では、注文の執行に関し、控訴人の取引口座に無担保の未収金が発生する(発生している)場合や追証等の発生等により証拠金に不足が生じた場合等には、追証の発生による手仕舞いの場合を除き、被控訴人が控訴人から受け付けた売買注文の執行を行わないことがある旨定められ、運用規程12では、建玉枚数の制限として電子取引によって証拠金の範囲を超える売買はできないものとする旨定められており、Bは電子取引における右制約を認識していた。

なお、商品取引所における立会は、土、日曜、祝祭日等を除く毎日、各商品市場ごとに一定の時刻を決めて行われ、午前(前場)と午後(後場)に数回ずつの節に行われる立会と、数時間連続して行われるザラバによる立会(この場合には相対で値段が合致するごとに売買が成立する。)とがあるが、後記のパラジウムの取引はザラバで行われていた。(〈証拠省略〉)

3  Bは平成一一年四月二三日(金曜日)午後一時から専門学校で講義をしていたが、パラジウムの値動きが激しかったため追証発生の可能性を考え、講義終了後の午後三時ころ被控訴人に電話をかけたところ、Cから追証が発生した旨を告げられ、約二八二万円の入金を請求された。同日の取引終了時点において控訴人の口座では三三一万七九〇〇円の値洗い損により追証二八五万円が発生し、前日の預り金残高六六八万一〇二一円から同日の差損金七三六〇円を含む帳尻金三三万七一一九円を控除した有効預り金は六三四万三九〇二円となり、そこから本証五七〇万円、臨時増証拠金六二万円、右追証二八五万円の合計九一七万円を控除した不足金は二八二万六〇九八円となっていた。

前記のように被控訴人は顧客の口座に証拠金の不足が生じた場合等には顧客の注文の執行は行わないことを原則としていたが、例外的にいわゆる建ち抜けができるときには、被控訴人の判断で新規建玉を認め注文の執行をすることがあり、控訴人との取引でもこれを行ったことがあった。Bは同日の不足金の発生に対しても同様の方法をとることを考え、同日帰宅後に終値を確認し、パラジウム四枚を新規に建て米国産大豆を手仕舞いすれば追証を解消できると判断した。

Bは、翌取引日である同月二六日(月曜日)午前九時一八分に控訴人の口座に四五万円を入金し(なお、Bは同月二五日にも入金するための振込をしようとしたが銀行預金口座の残高が二万八八六二円しかなかったため振込ができなかった。)、Cに対しパラジウム四枚の新規建玉の注文の依頼をした。Cは右依頼に基づき右注文の代理入力を試みたが入力できなかった。その原因は同月二三日終了時点に比べて値洗いが更に悪化していた(同月二六日午前一〇時二七分三〇秒現在の値洗い照会では値洗い損は三八〇万六四〇〇円と同月二三日終了時点に比べ四八万八五〇〇円増加していた。)ため右入金分を全額建玉しても建ち抜けができる状況ではなかったことであることが判明し、Cは注文が執行できなかったことを電話でBに連絡した。Bは同日午前一〇時二三分以降自宅のパソコンによりパラジウム二枚、米国産大豆五枚を順次手仕舞いしたが、追証状態は解消されなかった。(〈証拠省略〉)

4  Bは右のように追証が解消されなかったため同月二七日、二八日、三〇日の各取引日に多数の建玉の手仕舞いをし、同月二八日に三七万円の入金をしたか追証は解消されず、C及びDはBに対し強制手仕舞いをせざるを得ない旨を伝えたところ、Bは連休までに何とかする旨答えた。しかしBは同年五月六日の取引日にもパラジウム二枚の手仕舞いをしただけで追証不足を解消するために必要な入金をしなかった。このためDは同月七日の立会開始前から再三Bに電話をかけ、Bに対して同人自身による手仕舞い後に残っていた控訴人のパラジウム建玉五枚全部の手仕舞いを要求し、結局Bもこれを了解し、被控訴人は右了解に基づいて右建玉を手仕舞いし、その後更にBは米国産大豆及びコーンを自ら手仕舞いした。これらの手仕舞いによって追証は解消したがなお不足金五四万〇七〇五円が残り、Bは同日、Dの求めに応じて、同月一〇日正午までに右不足金を入金するので建玉の処分を見合わせるよう求め、入金がなければ建玉の処分に応ずる旨を記載した念書を被控訴人にファクシミリ送信した。(〈証拠省略〉)

二1  右認定の事実によると、被控訴人が平成一一年四月二六日にパラジウム四枚の新規建玉の注文の執行をしなかったのは控訴人の入金によっても建ち抜けができなかった結果であり、被控訴人の右不執行に故意過失及び違法性があるとはいえない。

この点に関し、控訴人は被控訴人の電子取引はいったん追証状態が発生すると新規建玉の注文を受け付けないシステムで準則に違反する欠陥があるとし、被控訴人は追証状態が発生した後でも新規建玉の注文を執行する義務があるかのように主張する。しかし、本件は控訴人に不足金の支払義務が確定的に発生している場合であって(後記参照)、準則によってもこのような場合に商品取引員である被控訴人が委託者である控訴人の新規建玉の注文を執行すべきであるとする根拠は見出せず、右主張はその点で既に失当である。また争いのない事実及び乙一三によると、控訴人は平成一〇年一二月一〇日、平成一一年一月五日、同年二月一二日の前後にそれぞれ既に生じていた不足金額よりも少ない入金をする一方、既存建玉の手仕舞いをしたり新規建玉をすることにより不足金や追証が生じている状態を解消したことがあったことが認められる。しかし、電子取引に関する契約約款では、控訴人の取引口座に無担保の未収金が発生する(発生している)場合や追証等の発生等により証拠金に不足が生じた場合等には被控訴人が受け付けた新規建玉の注文を執行しないことがある旨定められており(その結果右の場合にも注文を執行するか否かは控訴人の判断に委ねられることになる。)、Bもこれを認識していたところ、被控訴人が本件注文を執行しなかったのは前記認定のとおり既発生の追証及び不足金が解消せず逆に増大していたためであるから、右不執行をもって被控訴人に何らの義務違反があるとすることはできず、右主張は採用できない。

控訴人は同年四月二六日午前中に被控訴人が右不執行を電話で連絡したことがない旨主張する。しかし、控訴人は右午前中はパソコン使用により電話回線がふさがっていたと主張する一方で同日午前一一時ころに被控訴人に電話をかけたとも主張しているのであって、右主張自体相互に矛盾している(Bの証言も同様に矛盾している。)。またザラバで行われるパラジウムの新規建玉によって建ち抜けをしようとする場合、取引開始当初から注文をする必要があり、Bはこれを速やかに実現するために同月二五日に入金を試みたり、同月二六日午前九時一八分に入金をし、その前後に右注文に関し被控訴人に電話をかけたりしているのであって、Bがパソコン画面で右注文が執行されていないことを認識し、しかも被控訴人から右不執行につき何ら連絡がないというのにそのまま時を過ごすとは到底考えられない。これらによると前記認定に反するBの証言等は採用できず、右主張は採用できない。

控訴人は追証の支払義務が発生していない旨主張する。しかし、前記認定のようにCは同月二三日の電話の際に追証が発生したことを告げこれを請求している上、Bは先物取引について十分な知識と経験を有し、パソコンの画面を見ることによって容易に追証の額を把握できるので被控訴人から不足金を請求される必要もないことを自認している(Bの当審証言)のであって、控訴人には追証が確定的に発生し、これによる不足金を同月二六日正午までに入金すべき義務が生じていたことは明らかであり、右主張は採用できない(なおBの証言等は、同月二三日のCとの電話の内容一つをみても、右電話では値洗い損を聞いただけで証拠金の不足や追証の発生についての連絡はなかった(原審証言)としていたのを、追証がかかっているかを確認するために電話をしCから追証が発生していることを聞いた(甲一三、当審証言)とするなど、重要な点で変転しており、右認定判断に反するとも考えられる同人の証言等の部分はいずれも信用できない。)。

その他の控訴人の主張も証拠上認定できない事実又は独自の見解によるものであって、いずれも採用できない。

2  また右事実によると、被控訴人が同年五月七日にした控訴人のパラジウムの既存建玉の手仕舞いは控訴人の了解に基づくものであると認められ、右手仕舞いが無断処分で不当であるとすることはできない。

控訴人は乙一八は控訴人が右手仕舞いを了解していなかったことを示すものである旨主張するが、右書証に記載されたDとBの電話の応答は同日までの前記認定の経過に基づきDがBに右建玉の手仕舞いを要求したのに対しBが結局これを了解したことを示しており、右主張は採用できない。また控訴人は被控訴人がパラジウムの仕手の大手であり意図的に控訴人のパラジウムの建玉のみの手仕舞いをしたとも主張するが、右主張を認めるに足りる証拠は存しない。

三  以上によると、控訴人の請求はその余の点を論ずるまでもなく理由がないというべきである。

第五結論

よって、原判決は正当であり本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 宮岡章 笠井勝彦)

〈以下省略〉

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